【2025/04/06】
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【2008/11/12】
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給付金って、「ばらまき」とか「頭の悪いやり方」とかそういう次元じゃなくて、もっと積極的に「悪い政策」なんじゃないかなぁ。
もうずっと前に、日本を含む世界は学んだはずだ。途上国援助で、無償資金協力や食料援助だけの与える支援では、先進国への依存を高めてその国の健全な成長をますます妨げるということを。その反省があって、自立的経済発展を助けるための人材育成や制度構築に重点を移してきたのに、同じ失敗を国内で自国民相手にやろうとしてる? 例えが乱暴でしたね、政治家になっちゃいけないことは自覚している。 ほとんどの人にとっては、今いくらかの現金を渡されることよりも、ほんの薄給ではあっても今の仕事を10年後も続けていられると確信できることの方が、ずっと重要なんじゃないのか。生活苦しいけども何日まで我慢したらお給料をもらえて、その中から少しだけど貯蓄して、何年後にはあれを買えて、ってささやかな将来設計できることの方が、ずっと意味があるんじゃないか。何万円かずつばらまけるほどの「埋蔵金」があるなら、そのお金使って、大々的な雇用安定化施策が打てるんじゃないんだろうか。違うの?その目的で使えるお金があるのに、それをせずに、ばらまいて終わりにしてしまうのは、とても悪いことをしてるんじゃないかな。 --------------- メモ) 相手の話を理解しようとすることを止めるのがちょっと早すぎる。 ひとしきり議論をして、この点についてはどうも違うことを考えているのだなと認識すると(※注1)それを結論にしてしまうけれど、改めて聞いてみたらなるほどそういう意味だったのかとストンと落ちることがある(※注2)。 反省はしてないけど、そういう自分の癖を自覚できたことは、いや、自覚はしてたけど、もう少し聞いてみれば理解できる場合もあるのだということを知れたのは重要なことだと思うので覚えとこう。 注1:考え方に違う部分があるのは当然で、意見が一致することは必要ではないので、私自身はまったく気分を害さない。 注2:私が理解しようとすることを中止しても再び説明を続けられる相手でいてくれることに感謝したい。それはとても大切な能力。 PR |
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